スポーツとしての立場を確立しつつあるeスポーツの広がりのなかで、学生のeスポーツコミュニティを盛り上げようという動きがある。今回は2024年9月24日に高田馬場にあるASH WINDER Esports ARENAで開催された学生主催の『VALORANT』大会である『esports早慶戦』にお邪魔した。早稲田大学esportsサークルと慶應義塾大学TitanZzの選手が戦うこの大会は、両サークルが共同で運営しており、会場設営からキャスティングまで彼らが担っているという。

学生の熱気と活力で魅了 『esports早慶戦』当日レポート

早慶戦デザインのチアボードコーナー

 会場に入ると、オブジェクトや控え室、スタジオやトイレの表示まで全てが早慶戦仕様のデザインとなっており、細部まで徹底したこだわりを感じる。入口では早慶カラーのスティックバルーンやオリジナルデザインのチアボードが配布され、どちらかのチームを応援する者もいれば、1色ずつを手に取り中立の立場もとる者もおり、同年代の選手の勇姿を見届けに来ている様子の観客が多く賑わっていた。

チームロゴ入りのデザインの控室入口


真剣に準備する運営スタッフの学生

 その一方で、会場内の運営スタッフは終始真剣に準備をしており、PC、モニター、配信用カメラ、スタジオなど無数の機材の準備をしているのも全て学生。モニターに映る細々とした演出も、筆者と同年代の学生が1から作ったと考えると想像もつかない仕事量をこなして今日を迎えたのだろうと感じる。今年からラウンド毎やマップ毎にフラグシーンが集めて配信に載せるリプレイも導入されている。リプレイやタイムアウト前後の一瞬の映像すらも今日のために緻密に制作されており、驚いてしまった。

この日のために作られたリプレイ切り替え映像


 会場が暗くなってカウントダウンが開始されると、キャスター陣の米田優希さんと谷藤博美さんのMCのもとプロさながらに選手が登場。選手同士の良い関係性がうかがえる煽り合いと円陣で盛り上がったあと選手がパソコンに向かう。すると、選手、スタッフ、観客がフラットにワイワイしていた開始前の雰囲気とは打って変わって、唐突に静けさが訪れた。ステージは客席と至近距離に配置され、実況解説の合間に聞こえる選手たちの肉声がその緊張感を増す。しかし、ラウンドをこなすにつれ、観客だけでなく選手同士のコミュニケーションも暖まってゆき、ラウンド取得後のグータッチや笑顔も見られるようになっていった。

慶応義塾大学TitanZzの選手たち

 1マップ目のロータスが終わるころには、選手の雄叫びが実況の声を突き抜けるほど会場に響きわたり、その高揚感に間違いなく観客も巻き込まれていたことだろう。高い連携力とカバー力でロータス、ヘイブンを早稲田大学esportsサークルが連取。3マップ目のアセントでは圧倒的なフィジカルを見せつけて慶応義塾大学TitanZzが取得するも、4マップ目アビスでは接戦の末、早稲田大学esportsサークルが制し、3-1で早稲田大学の勝利となった。

早稲田大学esportsサークル勝利の瞬間


R4M選手から優勝トロフィーを受け取るtaimai選手

 実は2マップ目終了後、配信インターバル中にキャスターのお2人とREIGNITE Lily(※1)のR4M選手による会場限定のトークショーが開かれていた。質問は当日会場で募集され、VALORANTに関する真剣な質問から、笑いが起きるような質問まで飛び出した。現役プロ選手のお話を間近で聞ける貴重で充実した内容であった。会場限定のトークショーだったため内容を全て記すことは避けるが、R4M選手によれば、キムチゾーン(※2)は強く、お肉(特にハラミ)が大好きだそうだ。VALORANTの長い試合を真剣に観戦したあとに、緊張がほぐれる楽しい企画であった。

※1  REIGNITE VALORANT GC部門として、VALORANT GAME CHANGERS(通称VCTGC) JAPANに出場。
※2 キムチゾーンの詳細はここでは省略するが、気になる方は検索してみてほしい。

トークショーの様子

 筆者がこの日最も印象的だったのは、マップ終了毎に選手が席を立ち、真っ先に観客席にいる友人のもとを訪れるという、通常のeスポーツの大会ではありえない光景が目の前で広がっていたことである。選手にとっては友人と話せることで緊張もほぐれるだろうし、観客にとっても、出場選手の感想をリアルタイムで聞ける機会などこの場所以外にはないだろう。まさに「学生による学生のための大会」らしさが十分に発揮されていたように感じる。冒頭で述べた隅々まで徹底されたクリエイティブやキャスティング、機材準備まで学生が準備したと言うが、にわかには信じがたいほど完璧なままスムーズに大会は進行していった。このような運営の裏には、観客には計り知れないほど綿密な準備があったのだろうと思う。

 このesports早慶戦の立役者である早稲田大学esportsサークルの代表の中村氏に、運営とその先にある学生eスポーツコミュニティについて、お話を聞くことができた。

伝統×eスポーツ 『esports早慶戦』代表が期待する学生eスポーツシーンの今後

――最初に自己紹介をお願いします。

この早慶戦を運営する代表で、早稲田大学esportsサークルの幹事長を務めております中村拓斗と申します。この早慶戦は私の他に副代表と慶應義塾大学TitanZzの代表を含めた3人を中心に運営している感じですね。

――この『esports早慶戦』について開催の狙いと、ゲームタイトルとして『VALORANT』を選んだ理由を教えてください。

『早慶戦』ブランドを使いつつ、この学生eスポーツの発展を通して、もっとeスポーツ業界を盛り上げていけたらなっていうのが開催の狙いです。あと、私は昨年の『esports早慶戦』に出場したのですが、その大会でもクオリティが高かく、選手として凄く良い体験ができたので、後輩たちにも同じ体験をしてほしいという思いが強く、個人的にはそれをモチベーションに頑張っていました。

『VALORANT』については、自分自身が携わってるからそう感じてるだけなのかもしれないですけど、今eスポーツ業界で一番力を持っていると思うんですよね。それで競技性も高くて、かなりスポーツに近いようなゲームタイトルだと思っています。

――昨年は選手として参加されていたんですね。今年の運営に生かせた選手ならではの視点はありましたか?

例えば会場を選ぶとき、昨年選手をする中で色々な会場でオフライン大会を経験したんですが、やっぱりASH WINDER Esports ARENAが一番良かったので、自分が強く提案しました。運営内で「これどうする?」っていう迷いがあったときは、自分が選手側の立場で提案ができたりという感じで生かせていたかなと思います。

――昨年と比較して大きく変わったことのひとつに、中村さんが代表をされている早稲田esportsサークルに、プロゲーミングチームのREIGNITEさんがパートナーになったことがあると思います。そのあたりの変化を踏まえて、運営の過程で何か意識の変化はありましたか?

REIGNITEさんは普段からイベントを開催している企業ですので、そこに関して今回のイベントでもアドバイスいただきました。でも、この早慶戦自体、学生の学生による学生のための大会っていうのを意識していて、「あまり大人に頼ってしまうとそもそもそのコンセプトが壊れちゃうよね」っていうことを話し合っていて。そこの塩梅を保つっていうことに関しては、慎重に運営で協議しました。「ここまでは自分たちが絶対やった方がいいよね」とか、「音響回りは自分たちでできないからREIGNITEのスタッフさんにお願いしよう」とか、なるべく企業が関わる範囲を最小限にすることを意識していました。

――そんな工夫もされていたんですね。イベント当日を終えて、率直な感想をお聞きしてもいいですか。

うまくいって良かったっていうのと、大変だったなっていうのと、あとは後輩たちの勇姿が見れて本当に良かったなっていう、大きく分けてこの3点ですかね。

――大変だったというのはやっぱり、計り知れない量の仕事をこなして運営されたということですか?また、それはどのように分担をされたのでしょうか?

そうですね。主に中心メンバー3名で分担していました。自分はSNS関連とか細かい雑務と、あとは営業を担当していて、副代表の大川が全体統括と営業、台本作成を担当していて、慶應義塾大学TitanZzの代表の山口がテクニカル面を統括っていうふうに役割を振っていました。さらに私たちが他のサークルメンバーたちに仕事を振る感じで、準備段階では10人ぐらい、当日は20人ほどに動いてもらっていましたね。

――上手く分担をされていたからこその当日のクオリティだったんですね。期間的には開催のどのくらい前から動き始めていたんですか?

最初に動き始めたのは6月8日なんですが、そのときはまだ「どんな感じだろうか?」ぐらいだったので、結構きちんと話し始めたのは8月ぐらいです。

――そうなんですね。じゃあ怒涛の数ヶ月を過ごされたんですね。

そうでしたね。一応代表を務めてはいるんですけど、大会運営っていうのは初めてで、「本当に大変だったな」って思います。

――今後、機会があればまた大会運営をやってみたいですか?

そうですね。今回、当日は会場運営という立場で、全体を見る目を得られたと思っています。これを生かして、ぜひまた運営をやってみたいです。

――今回のesports早慶戦を経て、学生eスポーツの発展への手応えは何か感じましたか。

そうですね。去年は観客として早慶のサークル員が多くを占めていたのですが、今年は他大学の学生も来てくれていて。そうやって学生同士のつながりが広がって、学生eスポーツコミュニティが形成されていっているっていうのをすごく感じましたね。それを踏まえて、学生eスポーツのコミュニティが広がって、大会が増えていったりするのとともに、学生以外の一般の方にもこういう活動が広がって、eスポーツ業界全体が盛り上がっていったら良いなと思っています。

 『esports早慶戦』は学生主催の大会であったということで、その狙いとコンセプトに対して真摯に向き合い、学生eスポーツコミュニティ発展のパイオニアとしての役割を果たしていた。両大学の運営スタッフ、そして出場選手たちに大きな敬意を示したい。学生eスポーツコミュニティ発展の最前線で何が起こっているのか、今回のイベントレポートとインタビューを通して伝わっていたら幸いである。当日の様子と運営陣へのインタビューを見ることができるドキュメンタリー動画は以下からご覧いただける。