text by tamo
edit by GAMEZINE
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日本のハースストーンプレイヤーの中で、知らない人はいないだろうTansoku選手。黎明期からプレイし続け、競技シーンでも活躍してきたのだが、あと少しというところで世界大会への出場を逃してきた。
風向きが変わったのは先日行われた『アジア太平洋プレイオフ』だ。このトーナメントを勝ち抜き、ついに海を越える権利を獲得。念願の世界大会への出場を果たした。
今回はそんな“世界のTansoku”に、これまでの歩みとこれからの道について話を聞いた。
※本文は2018年6月28日に発行したGAME STAR Vol.19の内容を基に加筆・修正を行っております。
転んでも立ち上がり世界への扉をこじ開けた
「何度大会に出ても、“あとひとつ”が届かなかったんです。原因はプレッシャーから来るプレイミスと分かっているんですが、ここぞという時はどうしてもあがってしまって…。今回のプレイオフも、試合の動画を振り返ると案の定プレイミスをしている。ただ、それでも勝つことができたのは、協力してくれた仲間たち、そして声援を送ってくれたファンのみなさんのおかげですね」
2018年5月、ひとりの『ハースストーン』プレイヤーが、世界への扉をこじ開けた。Tansoku選手。2018年5月19、20日に開催された『アジア太平洋プレイオフ』にてTOP4の一角を勝ち取り、6月28日からロサンゼルスで行われた『シーズン1選手権』の切符を掴み取った日本のトッププレイヤーだ。
賞金総額約1億1000万円(2017年現在)にも登る『世界選手権』を、年に1度開催しているハースストーン。日本人プレイヤーが『世界選手権』へ進むためには、日々のランク戦で好結果を出すことで得られる『Hearthstone Chapmpionship Tour(ハースストーン選手権ツアー)ポイント』を貯め、アジア太平洋地域のトップに立つこと。または夏、秋、冬に行われるシーズン選手権でTOP4に入ること、という2つの方法がある。
Tansoku選手は『アジア太平洋プレイオフ』を勝ち抜き、『世界選手権』にあと一歩というところまで迫った『シーズン選手権』に出場する権利を得た。
『シーズン選手権』の出場が決まった瞬間から、Twitter上には惜しみない賞賛の言葉が書き込まれ、筆者の知る限りではトレンドランキングの3位にまで浮上。
普段のTansoku選手は、ハースストーンYouTuberとして様々なデッキを使ったプレイ動画を投稿している。一方で手詰まりになると「なんかちょうだい。なんかちょうだい」と必要なカードをせがみ、本当に欲しいカードが手に入ると「音声認識機能が発動しましたね」などと笑いを交えた内容で、多くの支持を得ている。そういった活動の積み重ねと、ロサンゼルス行きを決めた勝利により、多くの賞賛が彼に寄せられた。だがそこに至るまでの道のりは、長く険しいものだった。
今の“Tansoku”を形作った偶然の出会い
「2014年1月にリリースされたオープンβ版の頃からプレイしているんですが、どうして始めたかだけは思い出せなくて。多分…、バナー広告でたまたま見つけて、気になったのでダウンロードしてみたと思うんですが、でも覚えていないですよね」
Tansoku選手にハースストーンを始めたきっかけを聞くと、困ったような表情でこう答えた。
小さな頃からゲームが好きで、小学6年生の時にクラスでオンラインゲームが流行ったことでPCゲームに触れるようになり、ジャンルを問わず様々なタイトルをプレイしてきたという。ハースストーンもその延長線上のひとつだった様だ。あまりの面白さに即熱中、次のように語る。
「毎回、デッキをイチから作るのが楽しくて、闘技場でばかり遊んでいました。1回につきゲーム内のコインで150G、リアルマネーで240円が必要になるんですが、コインはすぐ底をついてしまうので課金しながらプレイし続けました。1日で1万円くらい使った日もありましたね(笑)。闘技場は1勝ごとに貰える報酬のグレードが上がっていって、『7勝すると課金しても元が取れる』と言われているんですが(最大12勝)、全然たどり着けなくて…。負けるたびに、『センスないなぁ』と落ち込んでいました」
それでもハースストーン熱は冷めず、ひたすらにやり込んでいくうちに腕が磨かれていく。そして2014年3月11日に正式サービスが開始されると、その月に早速レジェンドランクに到達。
「レジェンドランクに初めて到達した時に貰えるカードバックを付けて、ドヤ顔でプレイしたかったんです(笑)」と笑いながら当時の思い出を回想した。多くのハースストーンプレイヤーが思う夢をかつて彼も抱えていたのだ。
今や競技シーンの中心にいるTansoku選手だが、この時はまだ競技シーンとは無縁のゲーム生活を送っていた。
プロとして向き合ったハースストーン
一度レジェンドランクに到達してからはランク戦が中心になり、今日まで毎月欠かさずレジェンドランクに到達。そうなると「より強い相手、刺激を求めて大会に…」となりそうだが、その当時のハースストーンは日本語化されていなかったため、ユーザー数も少なく、大会自体が多くなかったということもあり、あくまでも気持ちはカジュアル志向。出場しても競技というよりも「腕試し」という感覚だった。
それは2015年、ハースストーンの『日本選手権』に参加するための条件を満たしていたにも関わらず出場しなかったというところからも伺える。
転機が訪れたのが2016年。チームと契約しプロのハースストーンプレイヤー、つまりプロゲーマーになったことで、意識がガラッと変わり「勝ちたい」と思うように。しかし「良いところを見せたい」と臨んだその年最初の日本選手権は、0-2と1勝もできずに予選敗退。
「勝つことにこだわりすぎて、心にスキが生まれていたのかもしれません」
リベンジを期した2回目の日本選手権も結果が出せなかったことで、プロゲーマーとしての活動はひと段落。3回目の日本選手権でTOP16に進出すると、日々のランク戦でも安定して結果を残せていたこともあり、アジアの上位8選手が招待される『HCT Asia-Pacific Last Call』の招待状が届く。
ひとつの星を求めて韓国で流した涙
韓国で行われた『HCT Asia-Pacific Last Call』は、優勝者に『世界選手権』の出場権が与えられる重要な大会。夢舞台の切符を掴むため奮闘したTansoku選手は、強豪を次々と撃破し決勝に進出。そして「あと1人」という大一番で、地元韓国のChe0nsu選手と相まみえる。
4勝先取で勝利という中で立ち上がりに連敗したが、逆に連勝で反撃。第5ゲームを落として王手をかけられるものの、第6ゲームを勝って星を五分に戻す。
迎えた最終戦。勝てば『世界選手権』の権利とともに200万円を超える賞金が手に入るのだが……、終始押される状況を打開できず敗退。夢を打ち砕いたのは、皮肉にも「好きなヒーロー」と挙げたハンターだった。
「『HCT Asia-Pacific Last Call』は優勝と準優勝では天と地の差がありまして、2位だと単なる旅行に行っているようなものなんですよね。決勝で3-3、あと1勝で夢にまで見た『世界選手権』だったので、この時ばかりは打ち上げの誘いも断ってホテルで大泣きしました。ハースストーンだけじゃなく、これまでの人生を通して一番悔しい出来事だったので、より思いが募りましたね。世界に行きたい、と」
運命力に悩まされたプレイオフ
大会の出場回数と比例して「勝ちたい」気持ちが増していく中、2017年の競技シーズンが幕を開ける。この年から日本選手権が廃止され『アジア太平洋プレイオフ』となり、アジアの上位64人の中からTOP4がシーズン選手権に進み、さらに『シーズン選手権』のTOP4が『世界選手権』に進出するというシステムになった。
「勝つ」という強い気持ちを胸に臨んだ2017年一発目の『アジア太平洋冬季プレイオフ』は、5-1とあと1勝でTOP8確定というところまで勝ち進むも、一歩及ばず11位でフィニッシュ。
続く『アジア太平洋春季プレイオフ』は1-4であえなく敗退。この時ばかりは諦めもついたが、2017年のラストチャンスとなる「アジア太平洋秋季プレイオフ」では、またも忘れられない出来事が起こる。
クエストウォリアーデッキを使っていたTansoku選手が、クエストの条件を満たして手に入れる強力な武器・サルファラスをプレイした時のこと。「自分のヒーローパワーが《ランダムな敵1体に8ダメージを与える》に変化する」という効果を得た後、まさにそのランダム要素が相手ヒーローに当たれば勝ち、外れれば負けという状況に。一縷の望みをかけてヒーローパワーを発動させたものの、無情にも相手ヒーローに届かず、またも敗退が決定。
「その当時は『持ってないなぁ。自分は勝てない星の下に生まれたんだなぁ』と、運命を呪いかけましたよ」とその当時を振り返った。
足りないものを埋めたチームメイト
「あと一歩」の解決策が見いだせないまま過ぎた2017年。時間は待ってくれない。黙っていても2018年の競技シーズンはやってくる。手をこまねいているだけでは昨年の二の舞になるため、Tansoku選手はここで他選手と共闘を行うことにしたのだ。
実は2017年のシーズン中、大会の会場でチームに所属していない選手同士が「力を合わせましょう」と声を掛け合いを行っていた。
「nukesaku選手とaqua選手と一緒に、プレイオフの2週間くらい前からかなりみっちりと調整しました。nukesaku選手が考えてくれたデッキを元に、デッキごとの有利マッチと不利マッチを徹底的に研究。途中でデッキを変更することもなかったので、熟練度が高められました」
そして2018年の『アジア太平洋プレイオフ』では調整の成果を遺憾なく発揮し、初日のスイスラウンドを6-1で通過。
「なんとか2日目につなげることができたんですが、ホテルに入ってもなかなか気持ちが整理できなかったので、落ち着くためにスマホも触らなかったです。ちなみに泊まったホテルはnukesakuさんが紹介してくれて、プレイオフに持ち込むデッキも含めてお世話になりっぱなしでした」とチームメイトへの感謝を述べた。インタビューからはチームへのリスペクトが常に感じられた。
一手一手がつなぐ世界への道
迎えた2日目。初日の成績からグループBに組み込まれたのだが、そこには唯一黒星を付けられた韓国のJinsoo選手の名前もあり、2日目のプレイオフでも白星を奪われてしまう。「デッキの相性が悪いので正直戦いたくなかった」と本音を漏らした。しかし韓国のDacCarp選手との試合をものにしていたことで、Tansoku選手の星は1-1の五分。TOP4の椅子の行方は、台湾のXiaoDai選手との最終戦に委ねられた。
届きそうで届かない「世界」の檜舞台。XiaoDai選手との最終戦も、第1ゲームで負けた時に「またか…」という予感がした。しかし、Tansoku選手は違ったのだ。
「『嫌な展開になっちゃったなぁ』という感じで、正直、負けたときの言い訳を考えようとしていました。ですが、『ここまで来たんだから、自分がやってきたことのすべてを賭けよう。自分が持っている力をすべてひねり出そう』と開き直ることもできたので、結果的には第1ゲームを落として良かったんだなと。肩の力も少し抜けました。」
「勝たなきゃ」というプレッシャーから開放され、本来の力が発揮できるようになったのだ。
第2ゲーム、第3ゲームと連勝し王手をかけるが、第4ゲームを獲られたことで、勝負の行方は泣いても笑っても試合が決定する第5ゲームに託された。
奇数急襲ウォリアーを使用するTansoku選手に対し、偶数パラディンで逆転勝利を狙うXiaoDai選手。序盤から攻め立てるXiaoDai選手に対し、防戦を強いられるTansoku選手。我慢の時間帯が続いたが、裏目を引かないよう丁寧に盤面を返していくと、15ターン目に歓喜の瞬間が訪れる。
そして歓喜のガッツポーズ。勝利したのだ。
「ただ…、2日目のことはほとんど記憶がないんです。あっという間に終わったという感覚だったので、後からXiaoDai選手との試合を何度も見直しました。感想は…、相変わらずしょうもないプレイミスをしているな、と。でも全体的なゲームプランをしっかりと発揮できたことが、結果につながったんだと思います。
ガッツポーズは自然と出てしまいましたね。本当はKolento選手のようにクールに決めたかったんですが、嬉しすぎました。でもそれが僕らしさですよね(笑)」
今からでも目指せる“初”に向かって
実に9回目の挑戦で掴んだ世界への挑戦権。これまでは日本代表の選手を見送っては、がんばってほしいとエールを送っていた。しかし大会の中継を見ていると、「あの舞台にいるのが自分だったら…」という気持ちになっていく。選手として絶対に訪れたかった聖地に、ようやく足を踏み入れることができる。
もちろん出場するだけでは満足しない。目指すのはTOP4。『世界選手権』に進出できるラインである。
「現行の制度になってから『世界選手権』に出場した日本人選手はいないので、やはり最初の1人になりたいです。インタビュー的には『優勝です!』って言ったほうがいいと思うし、優勝すると賞金額が大きいんですけど、気にしすぎるとプレイングを見失うので足元を見ます。後は…勝つと思う選手への投票ですが、絶対に僕に入れないでください。皆さんのカードパックを背負って戦うと思うと…。プレッシャーに弱いんです(笑)」
ある意味で「応援してくれるな」と屈託のない笑顔で言い放つ様は、真剣勝負の場に身を投じている選手とは思えないが、この謙虚さがまた彼の魅力と言えるだろう。
また先にウクライナのプロハースストーンプレイヤーであるKolento選手の名が挙がったが、自身がYouTuberとして動画を制作する傍ら配信のチェックも余念がなく、特に憧れている選手のひとりだという。
「他には世界的なメイジ使いのApxvoid選手でしたり、ひとつのヒーローを極めている選手のプレイングも参考にしています。僕はミスプレイも多いので選手としてまだまだですが、いつか胸を張って得意なヒーローを言えるようになりたいですね。やっぱりハンターかな」
『アジア太平洋地域夏季プレイオフ』でシーズン選手権出場を決めた直後から、早くも準備に追われているとこぼしていた。ビザの手配にBlizzard社からのアンケートへの回答、「すべて英語なのがしんどい」と。
最も気になるのは「右も左もわからない土地で10日間も過ごすこと」だそうだが、一方で「アメリカの油っぽい食事は大歓迎!」という力強い返事もあり、まさに不安と好奇心が入り混じっていることが伺えた。
次の相手は夢にまで見た舞台。平常心でいられなくて当然だ。だからこそ、ありのままの“Tansoku”で世界にぶつかってきてほしいと願う。足りなかった「あと一歩」を後押ししてくれた仲間、そしてファンたちとともに。
プロフィール
Tansoku
競技シーンで活躍するハースストーンプレイヤー。YouTubeでの活動も行っており、感情を顕にし、楽しみながらプレイする姿に惹かれるファンも多い。今回着用したTシャツの「NANKA NANKA NANKA」というロゴは、動画で頻繁に飛び出す「何か頂戴! 何か頂戴!」という口ぐせをモチーフにファンがオリジナルで作成したもの。